「共寝するのはたやすいが、共居するのは難しい。神々は婚姻の絆を祝福し給う」
――ヒョルトの法
オーランスとアーナールダのなれそめについての神話は、日本語ではあまり詳しいものがありませんが、『グローランサ年代記』の「オーランス人の神話」にある、「平和のおこり」の神話でしょうか。
ある日オーランスはイェルムの宮殿にとらわれているアーナールダ女神を目にした。そこで軍勢を率いて城を襲い、邪魔する者は皆殺しにした。番兵どもが負け戦と見て、トロウルの奴隷商人にアーナールダを売り渡そうとするそのとき、オーランスはたどり着いて女神を助けた。
俺のしたことを気に入ってくれたかとオーランスは聞いた。アーナールダは答えて言った。「ええ。けれど一つ気にかかることがあります」
「何だ?」
「あなたは殺しすぎました。いつもこんなに殺さねばならないのですか?」
「これが普通のやり方だ。力というのも手の一つだ」
「いつだって、ほかの方法はあるはずです」
アーナールダは助けられて喜びはしたが、安い女ではなかったから、オーランスは女神を妻にするためにいくつもの功業を立てねばならなかった。そこでオーランスは「新たな燐石」と、鏡と、穀物倉の鼠を追う猫を女神に贈った。「新たな燐石」を手に入れるときには、オーランスは砦を一つ打ち壊し、一氏族の全員を森に追い込んだ。鏡を手に入れるときには犬を足蹴にし、アズリーリアの小屋の扉を打ち破ってしまった。このほか、ぶち壊しとぶち殺しはえんえんと続いた。
贈り物のたびにアーナールダは喜んだが、ただオーランスの使った手にはいい顔をしなかった。二人はいつも同じ言葉を交わした。
「力というのも手の一つだ」
「ほかの方法はあるはずです」
ついにオーランスは言った。「それがそんなに大事なことか? 俺にはわからない。それとも俺が馬鹿で、気づいていないのか?」
アーナールダは言葉で返事はしなかった。一年の間、内縁の妻となりましょうと答えただけだ。嫁取りの宴があって、二人は誓いを交わした。婚礼の床でオーランスは妻と愛しあう喜びを知った。
鮎方さんに紹介をいただいたSimmon Phip 氏の論考でも、だいたい結婚前はつぎのようなパターンをとるのではないかと推論されていました。
- 出会い
- 求婚
- 求愛期間
- 贈り物の交換
- 結婚
- 床入り
同じ『グローランサ年代記』には、婚姻状態について説明したところがあります。それによれば、
ヒョルト人の慣習では、同じ氏族のあいだでの結婚は「近親相姦」とみなされるため、かならず別氏族から嫁をもらいます。女性は生まれた氏族をはなれ、夫の氏族に入り、子供は夫の氏族に加わります。結婚については、通常は友好氏族のあいだで、有力者同士の交渉によって決められることも多いようです。
というわけで、オーランス人のあいだの結婚は(現実の前近代の結婚と同じく)多分に社会的なものですが、もちろん「禁じられた恋愛」というのも一つのドラマでしょう。というか、社会的な禁止事項はシナリオネタですから(笑)。
だいたい、オーランスからして皇帝の妾に懸想してぶんどりをしてしまっている(笑)ので、実はお題をいただいた「結婚のためのヒーロークエスト」ってのはそういった「一般には認められていない結婚を認めさせる」ためにあるんではないかなぁ、とちょっと思ったりしてます。普通の結婚は、「プラクティス・クエスト」、あるいは「儀式」のどちらかで終わるのかな、と。
「アーグラスのサガ」の中で、アーグラスがホーレイの女王と婚礼するのに、大筋でオーランスの神話とだいたい同じような形で婚礼まで至っているのは興味深いと思います。もしかすると(あまり出自のよくない)アーグラス王は、ホーレイの女王と結婚するために壮大なヒーロークエストをしたのかもしれないですね。
婚姻関係と性
「女衆より、牛のほうがましだわな」
オーランス信者の秘密の格言
「男衆より、牛のほうが賢いってば」
アーナールダ信者の秘密の格言
実も蓋もない格言(笑)。
(たしかにかわいい)
筆者の John Hughes と Jeff Kyer は、オーランス人関係のサプリメントを書いている面々ですね。
まず、記事ではオーランス人の婚姻が、文化圏により大きく異なっていることに触れています。これは氏族の成立時の神話にかかわることが多い。よって、ヒョルト人について解説するが、ほかにもバリエーションがあることを留意しておいてほしいとしています。また、ルナーの征服以後、別の文化圏の女性との結婚もありえなくはないが、その場合はこの慣習とほとんど、または全く関係ない方法で婚姻が結ばれるのだろう、と述べられています。
ヒョルト人にとって、婚姻は「個人と個人」のあいだのものであるのと同時に「氏族と氏族」の間のものです。「敵対氏族の女性と恋に落ちるのは賢明ではない!」と書かれております。(つーことは、シナリオのネタになるということですが)
結婚にあたっては、個人間のロマンスもありますが、アーナールダの下位カルトである“仲人”ヴェラ(Vela the Matchmaker)の果たす役割も大きいとされています。彼女らは族長や氏族の輪に対して誰と誰を婚姻させたらよいかの提案を行います。彼女たちの力は過大評価するべきではない、とのことですが、血族や家族からはプレッシャーをかけられるし、さらに「彼女たちは不適切な情熱をさまし、別のものとの炎をあおる魔術を持っている」らしい(笑)ので大変です。これもシナリオのネタになりそうです。
恋愛の神々
ヒョルト人の神々のなかで、恋愛にかかわる神々(いずれもオーランスかアーナールダの下位カルト)は以下のようなものがあります。(解説は、TOMEより引用しました)
若い日のオーランスの相であるがゆえに、その下位カルトは基本的にすべて?恋愛をする男性に関係するとしてもいいでしょうが、中でも特徴的なのはこれ。
“恋人”ニスキス Niskis the Lover
神力:《肉欲》
ひとこと:アーナールダと出会う前、多くの女神を誘惑したオーランスが名乗った名。《窓抜け跳躍》(Leap through Window)などの魔法が面白すぎる(笑)。
おすすめ度:★
職業:戦士、神巫、枝拾い
ニスキスとは、異母兄弟神のインキンと一緒に浮き名を流したオーランスの名乗った名です。
それから、話の出た母なるアーナールダの下位カルト、ヴェラ。
“仲人”ヴェラ Vela the Machmaker
神力:《仲人》
ひとこと:婚礼の儀式を取り仕切る下位カルト。結婚相手を探す手助けなんかもします(しかしそんなカルトが《激情を呼びさます》なんて魔法を持っていていいのか(笑))。
おすすめ度:★
職業:母、神巫
あと、猫神インキンなどは「性的に奔放」とみなされていたりするらしいですが、それは恋愛といっていいのかわからないのでおいておきます(笑)。
結婚観と性
結婚に対して、若い男女でも(冒頭の格言にあるように)見方の違いがあります。
若い男は、冒険者オーランスがそうだったように、情熱的で失敗をおかしてそれから学ぶことを期待されています。「最初に出あった氏族外の女性を運命の相手だと思い込んでしまう若人もいる」とか。
一方で、女性は生まれた氏族を離れることになるため、もっと現実的です。危険が一般的な世界ですから、家族の庇護をはなれても、自分を養うことができる経済感覚があるか(しかし吝嗇でないこと)、勇敢かどうか(ただし勇敢すぎないこと)、聞く耳を持っているか(だが意志薄弱でないこと)を、冷静に分析して判断します。また、男性の氏族のなかでの位置や血族の格なども判断材料になります。
結婚と性については、ヒョルト人のあいだでは必ずしも一致する必要はないと考えられています。成人(入信儀式)前はセックスは禁じられていますが、それ以後については、結婚前であればタブーはありません。処女性が魔術的な力をもつこともありますが、それが社会的に絶対視されることはありません(エルマル氏族や太陽信仰の影響を受けた氏族をのぞく)。
一方で、結婚は「法」と「神々」によって結ばれた聖なる絆であり、不倫はそのまま離縁や氏族からの追放という結果になります。