奇妙な断章:唯一神信仰について
グローランサのマルキオン教は、原初段階では実は多神教であり、さらに最高神=預言者であるという構造をとっていたらしいことが最近のグレッグの著作で判明してきている。これを「唯一神」として切り出したのは、多神教の神話を略奪した神知者である。
現在のマルキオン各派は、神知者の教えの後継者であろうと(ロカール派)反発しているのであろうと(フレストル派)、いずれも神知者の影響下にあるといえる。
多神教を認めるカルマニア正教は神知者征服前のマルキオン教の姿を今に伝えているともいえるかもしれない。
カルマニア正教はゾロアスター教をモデルとしている。唯一神と悪魔、光と闇の対立が語られる。
一方フレストル派は明確にグノーシス主義(現実の Markion 派?)をモデルにしており、Prime Mover、デミウルゴス などの概念を持つ。
いずれ、英雄戦争ではこの二つの宗教は戦争王国を下し、帝国化したロスカルム vs. ルナー帝国から独立したカルマニア王国の戦いという形で争うことになる。(「唯一神と二つの神」) その結果、新しいマルキオンの預言が与えられるのかどうかはまだ分らない。
マルキオン信条
マルキオン信条
われ信ず、見えざる神、一なる神、宇宙の創造主を。主、源力と物質、法則と形態、諸力と元素を分かち給えり。
かかる御業によりて、主は我らが遠祖、選ばれたる民のために王国を創り給えり。
主、我らのうちに来たりて、マルキオンと呼ばれ給えり。
ザブール、マルキオンを裏切りたれば、マルキオンは呪われ、苦しみ、敗れ、裂かれ給えり。
かようにして、マルキオンは「慰め」を創り給い、世界に再生をもたらし給えり。
マルキオンは「秘の守護」たちを護り給い、守護らはマルキオンの創造主を尊崇し、その教えを氷と魔道より護りたり。
守護らは「永遠の書」記さるるを見、「信仰の試練」を旧に復せしめ、われらにマルキオンの復活をもたらしたり。
悔悛により、マルキオンの御恵みにより、われらは定命の世を去りて天に昇り、見えざる神の楽園に完全なる生に就かん。
われ信ず、見えざる神の他に神なきことを、また信ず、もろもろの真の預言者を、もろもろの聖なる書を、聖遺物を。
主よ、かくあらしめ給え。
――「永遠の書」より
「永遠の書」と一神教の成立
「永遠の書」(Abiding Book)は7世紀半ば(646年)にジルステラで、「“書き記せ!”という神の言葉に従い、自動的にペンが写筆した」のを賢人たちが目のあたりにし、それを人々に広げたものだとされています。
ジルステラはこの「見えざる神」の教えにより統一され、ジルステラの海洋帝国の拡大と同時にマルキオン教の布教(正道への回帰運動 (Return to the Rightous Movement))が始まったのです。
その後、ジルステラ帝国とセシュネラ王国は合一し、「陸と海の帝国」と呼ばれるようになりました。ジルステラ帝国が滅んだ後、「見えざる神」の信仰を受け継ぐ正統派が、セシュネラのロカール派(現実派)です。
一方、フロネラには別系統の教え(フレストル派)が残っており、これは見えざる神の教えの影響を受けながら、独自に発達を遂げました。ジルステラ帝国の崩壊後は、新フレストル派(理想派)が発展しました。
現在の主要分派をまとめると次のようになります。
ロカール派
信仰対象:「見えざる神」=“一なる心”(マカン Makan)
預言者:マルキオン、ロカール
フレストル派
信仰対象:“秘なる動かし手”(イレスヴァル Iresval)
預言者:フレストル
カルマニア正教会
信仰対象:“善神”イドヴァヌス
預言者:カルマノス
ザブール派(魔道修道会)
信仰対象:無神論者のため無し。
預言者:なし。
ルナー教は、赤の女神への崇拝を「信条」として表明するなど、マルキオン教の影響を(カルマニアを通じて)受けていると言えるでしょう。
ルナー信条
セデーニア、月の女神よ。
われ信ず、赤の女神を、生と死の女王を。
女神、暗黒の中に衣纏わざりて下りきたりて、
影の守護により弑されれども、
輝ける蜘蛛の母の秘密によりてよみがえり給えり。女神、熊を征して天空に再び光を灯し給い、
死者の国を旅して影の守護らを調伏し、
第七の魂の自由をわれらにもたらし給う。女神は鏡にして、また仮面なり。
女神は物質なり、しかしてまた情動なり。しかあれかし。
マルキオン教の神話
「マルキオン信条」を引用しながら、正当派の歴史認識を見ていきましょう。
われ信ず、見えざる神、一なる神、宇宙の創造主を。主、源力と物質、法則と形態、諸力と元素を分かち給えり。
マルキオン教では、見えざる神の「御業」(Action)を5つに分けています。それぞれが、神教でいうと
「第一の御業」:創造の時代
「第二の御業」:緑の時代
「第三の御業」:黄金の時代
「第四の御業」:小暗黒
「第五の御業」:大暗黒
におおよそ相当します。
「第一の御業」は、見えざる神による世界創造です。これにより《物質》(Matter)、《原力》(Energy)、《智性》(Intellect)からなる世界が生まれました。
「第二の御業」は《顕現》で、物質と原力から、原初のルーンである「法則」(Principle)・「形態」(Shape)・「諸力」(Powers)・「元素」(Elemental)が別れました。
かかる御業によりて、主は我らが遠祖、選ばれたる民のために王国を創り給えり。
主、我らのうちに来たりて、マルキオンと呼ばれ給えり。
「第三の御業」では、原初のルーンから様々なルーンが生まれ、「原初世界」が創造されました。
世界の中心には「論理王国」が建国され、その民は神と法に仕えました。人々の中に「神の心」である「預言者マルキオン」が現れ、民を導きました。
「第四の御業」は、論理王国のさらなる発展を生むはずでした。しかし、人々の中に、見えざる神の力を自らの力と思い違える者が現れはじめました。たとえば太陽の力を持つ魔道士イーヒリム、風の力を持つ魔道士ウォーラスなど……かれらが「過ちの神々」(False Gods)です。
過ちの神々により、世界は破滅へ向かいます。戦争と大洪水が論理王国を襲い、ヴェイデル人は不法世界を旅し「死」を世界にもたらし、ヴァリンドは氷河により都市を押しつぶしました。
ザブール、マルキオンを裏切りたれば、マルキオンは呪われ、苦しみ、敗れ、裂かれ給えり。
過ちの神々とヴェイデル人により、神の「第五の御業」とは、《破壊》、すなわち世界の終焉に他ならないように思われました。預言者マルキオンは「第五の御業」の真の意味を説き、わずかな正しき人々を連れて新マルコンウォルへ逃れました。
しかし原初のルーンの一つであり、大魔道士でもあるザブールは、自らの誇りのために必要とされた時にマルキオンを裏切り、マルキオンは殺されました。こうして世界の運命は、定まったかのように思われたのです。
かようにして、マルキオンは「慰め」を創り給い、世界に再生をもたらし給えり。
しかし、「第五の御業」とは《献身》(Sacrifice)でありました。マルキオンは私心なき献身により、マルキオンのエッセンスは宇宙と合一し、その再生をもたらしました。マルキオンは永久の真理である「慰め」を創り出しました。過ちの神々もここに至り自らの過ちに気付き、ザブールさえも恥じ入って、その力を持って「氷の時代」を終わらせる大呪文を放ち、太陽を昇らせました。
こうして「歴史」の時代、神が「5つの御業」が作りだした世界が始まりました。
マルキオン教の歴史
■第一期
歴史時代の始まりにあたり、ST.1年、セシュネラ地方のフレストル王子が「心の喜び」の啓示を受けました。これは、マルキオンの教えた「慰め」を、信徒が実感できるようにしたものでした。これはマルキオンの教えの正当性の実証したもので、ザブール派の「無神論」に対する反論の論拠となりました。
またフレストルは新たなカースト「騎士」階級を創立しましたが、ST.33年、ザブールの手により殉教しました。
ST.375年、ドラストールにて新しい神ナイサロールが創造され、その信徒はセシュネラに疫病を広め、それを自ら癒してみせるという手口でその信仰を広げました。それに対し、ナイサロールを「裏切り者」グバージと呼び、立ち上がったのが騎士アーカットでした。
彼は75年にわたるグバージ戦争を率いて戦いを繰り広げましたが、やがて異教に墜ち、過ちの神々に捕らわれ、ついには怪物(トロウル)になってしまいました。グバージを葬ったのは、彼の同志、“哄笑の戦士”テイロールと“炎の剣持つ”ガーラントでした。アーカットは、「最も敬虔な信徒でさえも堕落し得る」という教訓をわれわれに与えています。
■第二期
セシュネラの植民地であったジルステラ諸島では、政治的分裂が続いていました。彼らは、「なぜ唯一なる神しかいないのであれば、どうしてこんなにも多様な信仰があるのか?」という疑念を持っていました。それを解決したのが「永遠の書」でした。
マルキオンは「秘の守護」たちを護り給い、守護らはマルキオンの創造主を尊崇し、その教えを氷と魔道より護りたり。
守護らは「永遠の書」記さるるを見、「信仰の試練」を旧に復せしめ、われらにマルキオンの復活をもたらしたり。
賢人達は「永遠の書」が見えざる神により書かれた書物であると証明し、歴史上はじめて完全なる一神教を確立したのです。ジルステラ諸島はただちに統一され、世界各地へ「マルキオン教」の布教を始めました。
ジルステラの運動は、やがてその知識を使い、精神的な探求よりも物質的な探求を行い、神々さえも征服しようという運動へと変質していきました。これが「神知者」運動です。彼らはその力を使い、718年には「タニエンの炎の戦い」でウェアタグ人を滅ぼし、制海権を得ました。725年にはフロネラの異端を根絶、734年にはセシュネラをアーカットの暗黒帝国から解放し、740年には暗黒帝国を滅ぼしました。
789年、セシュネラ王スヴァガッドは、セシュネラ、ジルステラ、ロスカルム、ウマーセラを統合し、「中部海洋帝国」を創立しました。彼らはクラロレラ・エスロリア・東方諸島・フォンリット・ブリソス・パマールテラ平原の一部まで「永遠の書」の教えを持ち込みましたが、その方法論には欠点があり、神知者の知識が増大するにすれそれは増幅されていきました。そして、ある日、彼らは「神を忘れ」ました。
神は、異端者たる神知者を罰するため、様々な敵を遣わしました。ウェアタグ人が地界より再び現れ沿岸を略奪し、ザブールは「海洋の大閉鎖」の呪文を投射しました。セシュネラとジルステラの大部分は海に沈み、破壊されました。グローランサの諸力を乱用した神知者は、そのバックファイアにより完全に死滅したのです。
ジルステラ帝国は、こうして滅びました。
マルキオン教の分裂
世界各地では「真なる信仰」を求めて様々な分派が成立していきました。
■第二期の分派
正道派 Rightous Movement
信仰の正義・正道を重んじる分派で、ジルステラで最初に成立した分派でした。「正道への回帰十字軍」により、ジェナーテラ各地に布教が行われました。しかし、後に彼らは厳格な原理主義者となっていき、神知者やイレスヴァル派などの反抗を招きました。
神知者 God Learners
正道派に代わって力を持った学派で、より柔軟な解釈を持っていました。見えざる神以外の神々を単なる「ルーン=パワー」と見なし、その力を信仰心を持たずに乱用した結果、世界をほぼ征服しましたが、グローランサの諸力の反乱により破滅しました。
イレスヴァル派 Iresval
正道派に対して起こった分派で、神知者と違った方法で、「見えざる神」を解釈しようとしました。現在のフロネラ理想主義派の源流です。
正教派 Orthodox Church
もっとも穏健で、一般民衆に広く普及した教えです。現在のロカール派の源流です。
■イレスヴァル派
第二期のフロネラ、アケム王国で広がった異端派。正道派の「見えざる神」(マルキオネラン)を、「偽りの創造神(デミウルゴス)」(Demiurge)と考えました。
彼らは創造神マルキオンに先立つ存在「秘なる動かし手」(Hidden Mover)を想定し、それを「イレスヴァル」と呼び、それと接触する術を発展させました。
彼らが神知者と異なったのは、創造神でさえ従わねばならない「正道」があると考えた点で、それが厳しい倫理則を発達させることになりました。
アケムのイレスヴァル派は神知者によりほぼ根絶されましたが、その教えの一部はフロネラの「完全派」(Perfecti)に伝わっているようです。
この教えを元にシグラット王が発展させたのが、現在のフレストル派(新理想主義派)です。
■カルマニア派
イレスヴァルの帰依者であった騎士サイランティールは、神知者の迫害を受け北ペローリアのペランダ地方に逃れました。
イレスヴァルは地方神のイドヴァヌスと同一視されて、衆合されました。
サイランティールの子カルマノスは、善神イドヴァヌスと悪神ガネサタルス(もともとは、マルキヌス)による二元論の教えを広めました。
カルマニア派の教えは、現在のルナー教にも大きな影響を与えています。
第三期の分派
フレストル派(新理想派)
・「人格を持った神」という概念(神は人間のことを気にかけている)
・フレストル派の信仰するのは「見えざる神」「秘なる動かし手」であるイレスヴァルである。
・マルキオンは、物質界に顕現したイレスヴァルであり、単なる預言者ではない。
・マルキオンはフレストルに「心の喜び」を啓示した。
・預言者フレストルの説いた「心の喜び」を信じ、個人は唯一神に接触することができると考える。
・「心の喜び」においては、人々は死後の「慰め」を感じ、神とのつながりを至福として感じることができる。
・フレストル派は、神によって触れられた多くの聖人たちを認め、尊崇している。また、教会は聖人への道を助けるとされる。
・シグラット王により、「フレストルの正義の社会」、すなわちカースト間の移動についての改革があった。
・フレストル派は、主にフロネラで信仰されている。
ロカール派
・「人格を持った神」という概念(神は人間のことを気にかけている)
・マルキオンは最初の預言者であり、非常に優れた人間であったと考えている。
・ロカールはばらばらな状態にあった信仰を復活させた預言者である。
・ロカールはフレストルを預言者と認めず、単なる魔道士の徒弟であったとしている。
・ロカールは天国はマルキオンの「慰め」にしかなく、それはマルキオンの《献身》をなぞることによってのみ得られるとした。
・具体的には、「神」と「教会」と、その精神的指導者たちに服従し、身を捧げることを説いた。
・ロカール派では、カースト間の移動を禁じている。
・セシュネラ王国のロカール派では、聖ガーラントや聖ゼメラなどの一部の聖人をのぞき、その崇拝を禁じており、同じロカール派であるが聖ドーマル、聖ウェアタグなど多くの聖人を信仰する「五都市同盟」と対立している。
・ロカール派は、主にセシュネラで信仰されている。
完全派
・「全ての人間は神だ」と主張する異端派。
・すべての司祭・聖職者階級を否定し、魔法を使わない。
・肉食と性交を禁じる。
・教会や教団はなく、「神に触れられた人」のみが入信する。
・フロネラに信仰が存在する。
暗黒異端派 Stygianism
アーカットが広めた、唯一神への尊崇(魔道)と堕落と過ちの神々への供犠(神教)を組み合わせた宗派。この異端派は神知者により根絶されたが、その流れを組むさらに堕落した分派がラリオスに存在している。
単神教教会 Henotheist Church
ラリオスのオトコリオンで近年流布しはじめている、見えざる神への信仰と、オーランス神殿の神々の信仰を組み合わせた宗派。
アイオロス派 Aeolian Church
オーランス神殿の神々を聖人であるとして(聖ウォーラス、聖イーヒリム、聖アンコミーなど)、見えざる神と同時に崇める異端派。ヒョルトランドの南部エスヴラールで信仰されている。実際は、神々を聖人として崇める「過てる信仰」である。
※ウーマセラのマルキオン信仰
パマールテラのウーマセラは、第二期において神知者の帝国の中心地のひとつだった。神知者の破滅後、ウーマセラの人々は「神知者に汚染されていない真実の信仰」を求めて、様々な分派に分裂した。
シダルフ派 Sedalpist
異種族、特にエルフを憎悪する分派。騎士と兵士のカーストを持たない。ニコスドロスの都が中心地。フレストルと「心の喜び」を認めていない。
呼ぶ者たち Callers
牧師たちは塔の上から会衆への祝福を行う。
聖像崇拝派 Icondules
聖人たちの絵姿に対して尊崇をおこなう。
ハイメン派 Hymnist Church
フレストルの「心の喜び」に近づくには、「歌」がもっとも良い手段であるという教義を持つ。礼拝は歌によって行う。セルンゴスの都が信仰の中心地。rロカールは聖人として認めていない。